「島に帰りたい」と言われない仕組み
長崎県の中小企業ができる、離島・半島出身者の定着策
求人倍率2.12倍(全国43位)の長崎県で、やっと採用した五島出身の高卒社員が、半年で「島に帰りたい」と辞めた。引き止めようとして「あと半年だけでも頑張ってみない?」と言ったら、本人は黙ってしまった。
この経験をした企業は、長崎県の本土企業では珍しくありません。長崎県は離島・半島部から本土の企業に就職する若者が多く、本土の人事担当者にとって馴染みのない「生活環境の激変」が、想像以上に大きな影響を及ぼします。
全国データでは高卒就職者の3年以内離職率は37.9%(厚生労働省・令和4年3月卒)。約4割が3年以内に辞めています。長崎県単独の離職率データは公表されていませんが、県内就職率71.8%(過去2番目の高水準)と裏腹に、離島・半島から本土に出てきた若者の定着は他県以上に難しい構造があります。
この記事では、「なぜ辞めるのか」を長崎の現場から考え、「従業員30〜50人の会社でも明日からできること」を具体的に解説します。
長崎県で、離島・半島出身の高卒社員が辞める理由
「島の時間」と「本土の時間」のギャップ
五島・壱岐・対馬の島で18年間暮らしてきた高校生にとって、本土の生活リズムは想像以上に違います。通勤ラッシュの電車、信号の多さ、夜遅くまで明かりがついている街。
島の時間は緩やかです。本土に出た直後は:
- •通勤の人混みに疲れる。島では家から学校・職場まで人とすれ違わない日もあった
- •近所付き合いがない孤独。島では誰が誰の家の子か全員知っていた
- •食事の味の違い。島で当たり前だった魚の鮮度・野菜の味が、本土のスーパーでは得られない
これらは「ホームシック」と一言で片付けられがちですが、実態は生活基盤そのものが組み替わる経験です。本土の人事担当者は「3ヶ月もすれば慣れる」と思いがちですが、慣れる前に折れる若者が一定数います。
SNSで途切れない「島の友達」
かつての離島出身者は、就職と同時に地元との物理的・心理的な距離ができていました。手紙や月1回の電話が連絡手段だった時代です。
今は違います。LINE・Instagram・TikTokで、島の友達は毎日近くにいます。島の祭り、漁から戻った友達の投稿、地元のお店で集まる元同級生。本土で1人ぼっちで弁当を食べている時間に、島の同級生たちが楽しそうにしている様子が常に目に入ります。
「自分はなぜここにいるんだろう」という気持ちが膨らむのは、SNS時代の構造的な問題です。スマホを取り上げるわけにもいかず、企業ができることは「本土での居場所」を意識的に作ることだけです。
帰省コストの心理的負担
五島市の福江島から長崎港まで、フェリーで片道約3時間(約2,000〜5,000円)。対馬から本土への飛行機は片道15,000〜25,000円が一般的。壱岐は最も近いものの、それでもフェリーで片道2時間以上かかります。
初任給14〜15万円の高卒社員にとって、年2回の帰省でも数万円の出費は重い。「帰りたいけど、お金がない」「親に会いたいけど、ボーナス前は無理」——この感覚が、地元と切り離された孤立感を加速させます。
帰省交通費補助は、離島出身者を採用する企業にとって最低限の投資です。詳しくは後述します。
島原半島出身者の「半島孤独」
島原・南島原・雲仙の島原半島出身者は、離島ほど物理的に隔てられていません。しかし半島ゆえの孤立感は離島と本質的に同じです。長崎市・諫早市から島原半島までは車で1時間以上。電車では諫早乗り換えで2時間近くかかります。
「日帰りで帰省できる距離だけど、本土の暮らしに馴染めない」——半島出身者の本音はここにあります。離島出身者ほどではないが本土出身者でもない、中間の立ち位置が逆に支援を受けにくくしています。
県北・江迎管轄出身者の「過疎の重み」
佐世保市北部・平戸市・松浦市(江迎ハローワーク管轄)の有効求人倍率は0.86倍と県内唯一の1倍割れ。地元に求人がないからこそ本土の中心部に出てきた若者は、「戻る場所が縮小していく」という独特のプレッシャーを抱えます。
この層は離職しても「帰る場所がない」状況になりがちで、メンタル不調の兆候が出やすい層でもあります。雇用主としての配慮が必要です。
いつ辞めるか — 危険なタイミングと見逃せないサイン
離島・半島出身者の離職には予兆があります
GW明け(入社後1ヶ月)— 最も危険
4月に必死で頑張った反動と、GWに帰省して友達と会って「比較」してしまうこと。この2つが重なるGW明けは、最も離職リスクが高い時期です。離島出身者はGW帰省から戻って来ないケースが過去に各社で報告されています。
「辞めたい」の前に出る行動変化
- 1.朝の挨拶が小さくなる
- 2.休憩時間にひとりでスマホ(地元のSNS)を見ている時間が増える
- 3.質問しても「特にないです」が増える
- 4.欠勤ではなく遅刻が増える(辞めたいが朝起きられなくなるのが先行サイン)
- 5.月1回ペースだった帰省が、月2回・3回と増える
- 6.先輩や上司との雑談を避けるようになる
これらのサインが2つ以上見えたら、すぐに1対1で話す機会を作ってください。「何かあった?」ではなく、「島に帰った時、どうだった?」と具体的に聞くことが重要です。
3ヶ月目 — 「成長していない」不安と試用期間終了
試用期間が終わる頃。最初の緊張が解けて、逆に「自分は何もできるようになっていないのでは」という不安が芽生えます。製造業・建設業では、3ヶ月で一人前になれる仕事はほぼありません。本人がそれを理解していないと、「自分には向いていない」と結論づけてしまいます。
対応:3ヶ月時点で「入社時にはできなかったけど今できるようになったこと」を一緒にリストアップする。本人が気づいていなくても、必ず成長している部分があります。それを言語化して見せることです。
夏休み・お盆(入社4ヶ月目)— 帰省が「戻りたくない」のスイッチに
GW帰省は短期間。お盆は1週間程度の長期帰省になります。久しぶりに島でゆっくり過ごした後、本土に戻る前夜から「戻りたくない」気持ちが膨らみます。
対応:お盆休み明け初日の声かけを意識的に行う。「お盆どうだった?」を上司から、「島の家族元気だった?」を先輩から。複数人から声をかけられる体験が、本土での居場所感を取り戻させます。
6ヶ月目 — 友達との比較が深刻になる
手取り14〜15万円の生活に慣れてきた頃、大学進学した友人はバイトで同じくらい稼いでいる。他社に就職した友人が「ボーナス出た」と投稿している。自分の夏のボーナスは寸志だった。
対応:半年間の昇給・賞与実績を見せたうえで、「3年後・5年後の年収モデル」を提示する。大卒が22歳でスタートするのに対し、高卒は18歳からキャリアを積んでいるという事実を、数字で見せることが効果的です。
1年目の終わり — マンネリか、次のステージか
仕事に慣れてきた。しかし「慣れた」は「飽きた」に変わりやすい。特に製造業のライン作業や、ホテルの定型業務では、同じ工程を1年間繰り返した後のマンネリ感は深刻です。
対応:1年目の終わりに「次の担当」や「新しい工程」へのステップアップを用意する。あるいは後輩指導の役割を与える。「この会社で、来年は今年とは違うことができる」と思えるかどうかが、2年目を迎えられるかの分岐点です。
従業員30〜50人の会社で、現実的にできること
大企業向けの教科書ではなく、長崎の中小企業の現実に合わせた対策
帰省交通費補助は「最低限の前提条件」
離島・半島出身者を採用するなら、年2回(盆・正月)の帰省交通費補助は最低限のスタートラインです。
- •五島:フェリー(長崎港〜福江港)片道約2,000〜5,000円。往復2回で年間2〜4万円
- •壱岐:フェリー(博多港〜壱岐)片道約2,500円〜。往復2回で年間2万円程度
- •対馬:飛行機(長崎空港〜対馬空港)片道15,000〜25,000円。往復2回で年間6〜10万円
企業負担額は年間2〜10万円程度。これを出せない企業は、そもそも離島出身者を採用する資格がないと考えるべきです。代わりに、補助を出すことで「うちは離島出身者を本気で雇うつもりだ」というメッセージが、求人票の段階から伝わります。
「メンター」がいないなら、社長がやる
中小企業の最大の強みは、社長が社員の顔を全員知っていることです。大手企業では不可能な「社長が新入社員と週1回15分話す」が、中小企業ではできます。
- •月曜の朝、「週末何してた?」と声をかける
- •月1回、昼食を一緒に食べる
- •「困ったことがあったらいつでも言ってくれ」ではなく、「今月一番大変だったことは何?」「島に帰った時どうだった?」と具体的に聞く
「困ったことがあったら言ってね」は機能しません。18歳が社長に「困ってます」とは言えない。聞き方を具体的にすることが全てです。
面談で使える問いかけ — 離島・半島出身者向け
「困ってない?」「大丈夫?」と聞いても、18歳は「大丈夫です」としか答えません。離島・半島出身者には、地元に関する具体的な問いかけが有効です。
答えやすい問いかけの例
- Q.「先週、仕事で一番楽しかったことは何?」
- Q.「今、一番わからないことって何?」
- Q.「家に帰ってから何してる?」(一人暮らしの生活実態を把握)
- Q.「島(地元)の家族と最近話した?」
- Q.「島に帰る時、何が楽しみ?」
- Q.「もしうちの会社を島の後輩に紹介するとしたら、何て言う?」
最後の質問で出てくる言葉が「別に...」なら危険サイン。ポジティブな言葉が出れば定着の兆し。
同じ島・同じ高校の先輩との接点を作る
もし社内に同じ島・同じ高校の先輩社員がいれば、入社前から引き合わせておきます。「五島出身の先輩が3年目で活躍している」という具体例は、離島出身の新入社員にとって最大の支えになります。
社内にいない場合は、近隣の同業他社や、地元の同窓会組織を頼ります。長崎県には「五島協会」「壱岐会」のような首都圏・本土側の県人会組織が存在します。新入社員に紹介できれば、社外に「島の仲間」のコミュニティを持てます。
手取りのギャップを防ぐ — 初任給シミュレーション
基本給17万円。でも手取りは14万円台。この3万円の差に、初任給日に失望する高卒社員は少なくありません。
内定後の懇親会やオリエンテーションで:
- •給与明細の見方を教える(額面・控除・手取りの仕組み)
- •先輩社員の手取り推移を見せる(1年目→3年目→5年目)
- •家賃補助・社宅費・帰省補助を「実質収入」として可視化
「知らなかった」を「わかったうえで働く」に変える。それだけで、初任給日のショックは大幅に減ります。
キャリアサポートスタッフ(CSS)との継続連絡
長崎県の公私立高49校に配置されているキャリアサポートスタッフは、卒業後も生徒の動向を気にかけているケースが多いです。
入社3ヶ月時点で母校のCSSに「ご紹介いただいた○○さん、こんな様子で頑張っています」と報告すると、3つの効果があります:
- •本人が母校とつながっている安心感を得られる(CSSから「頑張ってるね」と連絡が入ることも)
- •CSSが次年度の推薦判断に活かせる(実績が積み上がる)
- •離職の兆候を早期にCSSが察知することがある(本人が地元の親やCSSに本音を漏らすケース)
詳しくは学校訪問完全マニュアルで解説しています。
保護者への「定着報告」— 辞める前のセーフティネット
高卒社員は18歳。「辞めたい」と最初に相談するのは、上司ではなく保護者です。そのとき保護者が「もう少し頑張ってみたら」と言えるか、「そんな会社辞めて島に帰っておいで」と言うかは、企業と保護者の関係がどれだけ構築されているかで決まります。
- •入社1ヶ月後に保護者へ「お子様の様子」を手紙で報告する
- •3ヶ月後に「できるようになったこと」を具体的に伝える
- •離島の保護者には、本土に来てもらった際の交通費補助も検討する
詳しくはオヤカク完全マニュアルで解説しています。
入社1年目 — 時期別の定着アクション
先手を打つためのチェックリスト
| 時期 | リスク | 本人の状態 | やるべきこと |
|---|---|---|---|
| 内定〜入社前 | 中 | 期待と不安。「本当に島を出ていいのか」 | 月1回のニュースレター / 社宅の写真・周辺地図の送付 / 給与明細の見方説明 / 同じ島・同じ高校の先輩との顔合わせ |
| 入社〜2週間 | 高 | 環境激変。「島と違いすぎる」 | 歓迎ランチ / メンター(社長)初回面談 / 毎日の声かけ / 本土の生活ガイド(スーパー・病院・銀行) |
| 1ヶ月(GW明け) | 最高 | 帰省して戻りたくない。「やっぱり島がいい」 | 週1回の1対1対話 / 保護者への状況報告 / GW明け翌日の特別フォロー / 小さな成功の承認 / 帰省交通費の補助確認 |
| 3ヶ月 | 高 | 「成長していない」不安・試用期間終了 | 成長の棚卸し(入社時→今の比較) / 次の3ヶ月の目標設定 / 本採用決定の面談 / CSSへの3ヶ月報告 |
| 4ヶ月(お盆) | 高 | 長期帰省で「戻りたくない」 | お盆明け初日の声かけ / 帰省土産話を聞く / 島の家族の様子を共有してもらう |
| 6ヶ月 | 中 | 友達との比較。「あっちの方がよさそう」 | 昇給・賞与実績の提示 / 3年後の年収モデル提示 / 資格取得の提案 / 正月帰省の準備 |
| 1年 | 中 | マンネリ。「このままでいいのか」 | 新しい工程・担当へのステップアップ / 後輩指導役 / 1年間の成果発表の機会 |
期待と不安。「本当に島を出ていいのか」
- •月1回のニュースレター
- •社宅の写真・周辺地図の送付
- •給与明細の見方説明
- •同じ島・同じ高校の先輩との顔合わせ
環境激変。「島と違いすぎる」
- •歓迎ランチ
- •メンター(社長)初回面談
- •毎日の声かけ
- •本土の生活ガイド(スーパー・病院・銀行)
帰省して戻りたくない。「やっぱり島がいい」
- •週1回の1対1対話
- •保護者への状況報告
- •GW明け翌日の特別フォロー
- •小さな成功の承認
- •帰省交通費の補助確認
「成長していない」不安・試用期間終了
- •成長の棚卸し(入社時→今の比較)
- •次の3ヶ月の目標設定
- •本採用決定の面談
- •CSSへの3ヶ月報告
長期帰省で「戻りたくない」
- •お盆明け初日の声かけ
- •帰省土産話を聞く
- •島の家族の様子を共有してもらう
友達との比較。「あっちの方がよさそう」
- •昇給・賞与実績の提示
- •3年後の年収モデル提示
- •資格取得の提案
- •正月帰省の準備
マンネリ。「このままでいいのか」
- •新しい工程・担当へのステップアップ
- •後輩指導役
- •1年間の成果発表の機会
長崎県で活用できる定着支援
キャリアサポートスタッフ配置事業
県内公私立高49校に配置。卒業後も母校との接点を作ることで、定着への効果が見込めます。在校時から自社を覚えてもらうことが、3年後の定着まで効いてきます。
長崎県人材活躍支援センター
企業の採用課題に対するアドバイス・若手社員の定着支援を提供。離島・半島出身者の定着に悩む企業は相談を検討してください。
補助金・助成金の詳細は長崎県の採用支援・補助金ガイドをご覧ください。
Written & Edited by
漆畑 智哉
株式会社ゆめスタ CCO / 教育コーディネーター
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