何色にも染まっていない。
それが、いちばんの武器。
有限会社オオブ工業
岩永 洋平
Yohei Iwanaga
自己紹介と御経歴をお願いします。
有限会社オオブ工業の代表取締役で、今年で社長15年目になります。中学2年生の時に長島町に引っ越してきて、名古屋の高校を卒業。18歳でオオブ工業に入社したのが平成8年。そこから15年近く勤めて、33歳の時に社長になりました。
自己紹介と御経歴をお願いします。
有限会社オオブ工業の代表取締役で、今年で社長15年目になります。中学2年生の時に長島町に引っ越してきて、名古屋の高校を卒業。18歳でオオブ工業に入社したのが平成8年。そこから15年近く勤めて、33歳の時に社長になりました。
高校時代はどんな感じでしたか?
趣味を楽しむためにはお金が必要だったので、とにかく働いていました。欲しいものが多くて、当時はいくつものアルバイトを掛け持ちしていたほどです。
高校時代はどんな感じでしたか?
趣味を楽しむためにはお金が必要だったので、とにかく働いていました。欲しいものが多くて、当時はいくつものアルバイトを掛け持ちしていたほどです。
小さい頃から、会社を継ぐ意思はあったんですか?
中学1〜2年生の頃に「お前がやってくんだよ」と言われていました。当時は年商4〜5億、従業員10人足らずの小さな会社でした。高校を卒業して入社した当時は、先輩から厳しい指導をいただく現場でしたね。 15年間現場で下積みを経験して33歳の時に社長になりました。当時の社員はみんな会社の先輩だったので認めてもらえた時はうれしかったですね。
小さい頃から、会社を継ぐ意思はあったんですか?
中学1〜2年生の頃に「お前がやってくんだよ」と言われていました。当時は年商4〜5億、従業員10人足らずの小さな会社でした。高校を卒業して入社した当時は、先輩から厳しい指導をいただく現場でしたね。 15年間現場で下積みを経験して33歳の時に社長になりました。当時の社員はみんな会社の先輩だったので認めてもらえた時はうれしかったですね。
ここまで会社を伸ばしてきた秘訣はありますか?
ある時、月商1億円を達成できたんです。年商6〜8億の頃でした。「月商1億やれるということは、年商12億の会社を作れるってことじゃないか」って。 そう思い、「うちは12億の会社になろうぜ」とみんなの前で言霊のように発信し続けました。最初はみんな「できるわけがない」と言っていましたが、信念を曲げずに発信し続けたところ、次の年に本当に12億を達成しました。 会社を成長させるにはやはり、トップが高い目標をもって社員を引っ張っていくことが必要だと強く感じました。また、10億規模の売り上げを続けていく社長と、将来は100億を目指して成長させようとする社長では、日々の行動が全く違うと思うんですよ。 なのでなにも根拠なく「100億の売り上げの企業になる」って社員の前で宣言しました(笑)。
ここまで会社を伸ばしてきた秘訣はありますか?
ある時、月商1億円を達成できたんです。年商6〜8億の頃でした。「月商1億やれるということは、年商12億の会社を作れるってことじゃないか」って。 そう思い、「うちは12億の会社になろうぜ」とみんなの前で言霊のように発信し続けました。最初はみんな「できるわけがない」と言っていましたが、信念を曲げずに発信し続けたところ、次の年に本当に12億を達成しました。 会社を成長させるにはやはり、トップが高い目標をもって社員を引っ張っていくことが必要だと強く感じました。また、10億規模の売り上げを続けていく社長と、将来は100億を目指して成長させようとする社長では、日々の行動が全く違うと思うんですよ。 なのでなにも根拠なく「100億の売り上げの企業になる」って社員の前で宣言しました(笑)。
社員に求めているものはなんですか?
常日頃から「スキル」を高めてくれと言っています。そのための環境や支援は惜しみなく全部出すということも伝えています。また、社員に「5年後の自分」を想像させています。「5年後、自分はこの会社でどの立ち位置にいて、どんな仕事をしているか。それを具体的に描いて、今から準備しなさい」と。さらに、地域の方から、「あそこの会社、潰しちゃいけない」と言われる会社を目指しています。地域に必要とされる会社にならなければいけないと強く思っています。
社員に求めているものはなんですか?
常日頃から「スキル」を高めてくれと言っています。そのための環境や支援は惜しみなく全部出すということも伝えています。また、社員に「5年後の自分」を想像させています。「5年後、自分はこの会社でどの立ち位置にいて、どんな仕事をしているか。それを具体的に描いて、今から準備しなさい」と。さらに、地域の方から、「あそこの会社、潰しちゃいけない」と言われる会社を目指しています。地域に必要とされる会社にならなければいけないと強く思っています。
採用で、高校生のどこを見ますか?
高校生の最大の強みは、まだ「何色にも染まっていないこと」だと思います。真っ白なキャンバスだからこそ、これからいくらでもオオブ工業のカラーに染まっていけるし、自分だけの色を描いていけます。もちろん、社会に出れば厳しいこともあります。でも、そこで踏ん張って、コツコツと「継続」している子が、いま一番伸びているし、実際に会社を支える中心メンバーになって活躍しています。 また、「何か誇れることはありますか?」と聞いた時に「ここのこれを誰にも負けずに自信を持ってやっていました」と言える人は、とても印象に残ります。
採用で、高校生のどこを見ますか?
高校生の最大の強みは、まだ「何色にも染まっていないこと」だと思います。真っ白なキャンバスだからこそ、これからいくらでもオオブ工業のカラーに染まっていけるし、自分だけの色を描いていけます。もちろん、社会に出れば厳しいこともあります。でも、そこで踏ん張って、コツコツと「継続」している子が、いま一番伸びているし、実際に会社を支える中心メンバーになって活躍しています。 また、「何か誇れることはありますか?」と聞いた時に「ここのこれを誰にも負けずに自信を持ってやっていました」と言える人は、とても印象に残ります。
「やりたいことが見つからない」という高校生に伝えたいことはありますか?
「キャリア」というのは、人それぞれなので一概には言えませんが、続けないと何も分からないと思います。 「石の上にも3年」と言いますが、やりたくないことでも理不尽なことでも、3年・4年・5年は一つの会社でやり切る。継続は力だから、何事もやってみないと分からない。 1年ぐらいでコロコロ辞めてしまう人は、どこに行っても続かなくなってしまいます。2年ごとに変わっていると、何者にもなれないまま年を重ねてしまう。 だからこそ、まずは自分の進む道を早く定めて、何者かになっていかないといけないと思います。
「やりたいことが見つからない」という高校生に伝えたいことはありますか?
「キャリア」というのは、人それぞれなので一概には言えませんが、続けないと何も分からないと思います。 「石の上にも3年」と言いますが、やりたくないことでも理不尽なことでも、3年・4年・5年は一つの会社でやり切る。継続は力だから、何事もやってみないと分からない。 1年ぐらいでコロコロ辞めてしまう人は、どこに行っても続かなくなってしまいます。2年ごとに変わっていると、何者にもなれないまま年を重ねてしまう。 だからこそ、まずは自分の進む道を早く定めて、何者かになっていかないといけないと思います。
入社を希望する高校生に、オオブ工業の魅力を教えてください。
私たちの会社の機械は、実は日本に何台もないような特殊なものが多いです。それを動かしている会社は、街中で工事をしていてもかなり目立ちます。「なんだあれは」と興味を持って見に来る人もいるくらいです。 そのダイナミックな仕事が、地域の防災・減災につながる護岸工事だったり、インフラを基礎から立ち上げる仕事だったりすると、「自分たちの仕事が、街と命を守っている」と思えるので、やりがいは絶対にあると思っています。
入社を希望する高校生に、オオブ工業の魅力を教えてください。
私たちの会社の機械は、実は日本に何台もないような特殊なものが多いです。それを動かしている会社は、街中で工事をしていてもかなり目立ちます。「なんだあれは」と興味を持って見に来る人もいるくらいです。 そのダイナミックな仕事が、地域の防災・減災につながる護岸工事だったり、インフラを基礎から立ち上げる仕事だったりすると、「自分たちの仕事が、街と命を守っている」と思えるので、やりがいは絶対にあると思っています。
最後に、岩永さんご自身の夢を教えてください。
夢は、会社を十分に成長させてついて来てくれた社員を物心ともに幸せになってもらい働き甲斐を感じることのできる会社にしてから早く引退することです(笑)。 釣りや趣味の時間を楽しんで自分が成長させてきた会社を安心して見守りたいですね。
最後に、岩永さんご自身の夢を教えてください。
夢は、会社を十分に成長させてついて来てくれた社員を物心ともに幸せになってもらい働き甲斐を感じることのできる会社にしてから早く引退することです(笑)。 釣りや趣味の時間を楽しんで自分が成長させてきた会社を安心して見守りたいですね。
引退の時期はどのくらいをお考えですか?
65歳で後継者に任していければと思っています。あと15年後ですが、その時までにはすでに100億円企業になっていると思います。 そのためには、いまから3代目世代の若手の育成をやっていかなければならない。 ようやく私の代に世代交代が出来た段階ですが、すぐ次世代の成長を考えていかなければならないので忙しいですね。 若手がどんどん成長して、人も増えていく好循環スパイラルを目指していきたいと思っています。
引退の時期はどのくらいをお考えですか?
65歳で後継者に任していければと思っています。あと15年後ですが、その時までにはすでに100億円企業になっていると思います。 そのためには、いまから3代目世代の若手の育成をやっていかなければならない。 ようやく私の代に世代交代が出来た段階ですが、すぐ次世代の成長を考えていかなければならないので忙しいですね。 若手がどんどん成長して、人も増えていく好循環スパイラルを目指していきたいと思っています。
プロフィール
有限会社オオブ工業
岩永 洋平
有限会社オオブ工業代表取締役。高校卒業後、18歳でオオブ工業に入社し、15年の下積みを経て33歳で社長に就任。月商1億達成を機に年商12億を実現し、現在は33億まで成長させた経歴を持つ。現在は100億企業を目指し、次世代を担う若手の育成を心がけている。趣味は釣りで、社員とマグロを釣りに遠くまで出かけるほど。
