1. 高卒採用とは何か
定義と特徴
高卒採用とは、高等学校卒業予定者を対象とした新規学卒採用のことです。全国統一のスケジュールに基づき、学校とハローワークが連携して実施される、日本独自の採用制度です。
高卒採用の最大の特徴は、職業安定法第26条に基づく「学校とハローワークの協力体制」にあります。企業はハローワークに求人票を提出し、ハローワークが高校に求人情報を提供します。高校生は学校を通じて応募し、学校推薦を受けて選考に進みます。
高卒採用の3つの特徴
- 1. 全国統一スケジュール
7月1日求人受付開始、9月5日応募開始、9月16日選考開始と、全国で統一されたスケジュールで実施されます。 - 2. 一人一社制(一次応募)
9月5日から一定期間は、一人の生徒が応募できる企業を一社に限定する慣行があります。これにより、企業・高校生双方の負担を軽減しています。 - 3. 学校推薦制
高校生は学校の推薦を受けて応募します。進路指導教員が生徒の適性と企業の要件をマッチングし、ミスマッチを防ぎます。
高卒採用の対象者
高卒採用の対象は、高等学校(全日制・定時制・通信制)を卒業予定の生徒です。普通科、工業科、商業科など、すべての学科の生徒が対象となります。
文部科学省の統計によると、2024年3月卒業生の就職率は98.0%と非常に高い水準です。これは大学卒の就職率98.1%とほぼ同等であり、高卒就職市場の健全性を示しています。
2. 大卒採用との違い
高卒採用と大卒採用には、制度面・運用面で大きな違いがあります。以下、主要な6項目について詳しく解説します。
項目 | 高卒採用 | 大卒採用 |
---|---|---|
スケジュール | 全国統一(7月求人開始、9月選考開始) | 企業ごとに異なる |
応募方法 | 学校推薦制・一人一社制(一次応募) | 自由応募・複数社同時応募可 |
求人媒体 | ハローワーク経由(学校へ求人票配布) | マイナビ・リクナビ等民間求人サイト |
採用コスト | 20-50万円 | 約100万円(マイナビ・リクナビ利用時) |
内定辞退率 | ほぼ0%(学校推薦制のため) | 63.7%(マイナビ調査) |
戦力化期間 | 3ヶ月(早期育成可能) | 平均1.6年(HR総研・マイナビ調査) |
出典: 厚生労働省「高卒求人のルール」、JILPT 2005年調査、マイナビ企業新卒内定状況調査、HR総研人材育成調査
一人一社制の詳細
一人一社制は、各都道府県の高等学校就職問題検討会による「申し合わせ」で定められている慣行です。法的根拠は職業安定法第26条の「学校とハローワークの協力体制」にありますが、一人一社制自体は法律で規定されているわけではありません。
全国高等学校就職問題検討会議(文部科学省、厚生労働省、全国高等学校校長協会、主要経済団体が参画)において全国統一的なルールが定められ、都道府県ごとに具体的な運用の申し合わせが行われています。
3. 高卒採用の歴史的変遷
集団就職時代(1960-1970年代)
高卒採用の歴史は、1960年代の高度経済成長期における「集団就職」に遡ります。1954年4月に青森駅から出発した集団就職列車が初めてとされ、1963年から全国的に本格化しました。
この時期の高卒就職者は「金の卵」と呼ばれ、農村から都市部への大規模な就職運動が行われました。1964年に「金の卵」という言葉が流行語となり、若年労働者の重要性が広く認識されました。
1960年代後半以降、経済が安定し所得倍増計画により各家庭の所得が増加すると、高校進学率が上昇しました。1970年代には高卒労働者が中卒労働者を上回り、1975年に最後の集団就職列車が運行され、1977年に労働省は集団就職を完全に廃止しました。
バブル期の繁栄(1986-1991年)
バブル期の1990年、1991年では高卒の内定率は99.2%で推移し、ほとんどの人が正規雇用で採用されていました。企業の大量採用により、高卒者も非常に有利な売り手市場でした。
当時の求人倍率は現在(3.70倍、2024年7月時点)と同等かそれ以上の水準で、多くの企業が若手人材の確保に積極的でした。
バブル崩壊と就職氷河期(1992-2005年)
1990年1月より株価や地価が暴落し、「バブル崩壊」と呼ばれる事態が発生しました。1991年2月を境に安定成長期が終焉し、「就職氷河期」という言葉が1992年11月号の『就職ジャーナル』で初めて使用されました。
JILPT 2005年調査によると、1992年から2004年にかけて高卒採用数は70%減少しました(11.2人→3.4人、調査企業平均)。大卒採用の減少率31%(9.3人→6.4人)と比較しても、高卒採用の落ち込みは非常に大きなものでした。
就職氷河期における高卒採用の厳しさ
- • 2000年: 内定率92.1%(売り手市場期の99.2%から大幅低下)
- • 2002年: 内定率89.7%(過去最低水準)
- • 高等学校卒業者の平均就職率: 70.9%(平年の78.1%より7ポイント低下)
この時期、従来高卒者の採用が多かった中小企業の経営悪化が、高卒就職難の主要因となりました。大卒よりも高い内定率を維持していたはずの高卒の状況が悪化するという逆転現象が起こりました。
出典: JILPT「新規学卒採用の現状と将来」(2005年)、リクルートワークス研究所調査
復活の兆し(2015年以降)
2015年頃から経済の回復に伴い、高卒採用市場は復活の兆しを見せ始めました。JILPT 2005年調査では「業績がよくなれば約50%の企業が高卒採用を増加させる」と予測されていましたが、この予測は的中しました。
2024年現在、高卒求人倍率は3.70倍(2024年7月時点)と過去最高水準を更新し、バブル期(1986-1991年)を超える売り手市場となっています。
4. 現在の高卒採用市場規模(2024年)
2024年の市場概況
2024年の高卒採用市場は、過去最高水準の活況を呈しています。以下、厚生労働省とジンジブの最新統計データに基づく市場規模を詳しく解説します。
2024年度(2025年3月卒業予定者)の主要統計
求人倍率
3.70倍
2024年7月末時点(厚生労働省)
求人数
48.2万件
2024年卒(ジンジブ調査)
求職者数
12.0万人
2024年卒(ジンジブ調査)
就職内定率
63.2%
2024年9月末時点(厚生労働省)
求人倍率の推移
高卒求人倍率は年々上昇しており、2024年度は過去最高水準を更新しました。
- • 2023年度(令和5年7月末): 3.52倍(前年比+10.7%)
- • 2024年度(令和6年7月末): 3.70倍(前年比+4.8%)
- • 大卒求人倍率(2024年): 1.71倍
2024年の高卒求人倍率3.70倍は、同年の大卒求人倍率1.71倍の2倍以上であり、高卒採用市場が極めて活況であることを示しています。この水準は1986-1991年のバブル景気時代を超える「超売り手市場」です。
都道府県別の求人倍率(2024年7月時点)
順位 | 都道府県 | 求人倍率 |
---|---|---|
1位 | 東京都 | 10.99倍 |
2位 | 大阪府 | 6.94倍 |
3位 | 広島県 | 4.31倍 |
- | 全国平均 | 3.70倍 |
出典: 厚生労働省「高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職状況」(令和6年7月末)
求職者の減少トレンド
一方で、就職を希望する高校生は減少傾向が続いています。
- • 2020年卒: 16.6万人
- • 2024年卒: 12.0万人(▲27.7%)
- • 平成19年→令和5年(17年間): 19.7万人→12.7万人(▲35.5%)
求人数が48万件前後の高水準を維持する一方、求職者の減少により、企業にとって非常に厳しい「超売り手市場」となっているのが2024年の特徴です。
企業の採用意欲
2025年卒の高卒採用では、募集人数を「増やす」「変わらない」「新たに始める・数年ぶりに再開」と回答した採用担当者は96%で、前年の88.5%から7.5ポイント増加しており、企業の採用意欲は引き続き高い状況が続いています。
出典: ジンジブ「高校新卒採用に関する企業動向調査」(2024年4月)、リクルートワークス研究所調査
5. 高卒採用の法的ルール・規制
法的枠組み
高卒採用に関する法的枠組みは、主に以下の法律と通達に基づいています。
主要な法的根拠
- 職業安定法第26条
「公共職業安定所は学校教育法第一条に規定する学校の学生若しくは生徒又は学校を卒業し、又は退学した者の職業紹介については、学校と協力して行う」と規定されています。 - 労働基準法
年少者(18歳未満)の保護に関する規定があり、労働時間や深夜労働の制限が定められています。 - 学校教育法
学校の進路指導に関する規定があります。 - 厚生労働省・文部科学省の通達
全国高等学校就職問題検討会議において、全国統一的なルールが定められています。
一人一社制の法的位置づけ
一人一社制は、各都道府県の高等学校就職問題検討会による「申し合わせ」で定められており、法的根拠は全くない極めて弱いルールとされています。
職業安定法自体には「一人一社制」の直接的な規定はなく、職業安定法に基づく学校とハローワークの協力体制の下で、行政・学校・経済団体による申し合わせとして運用されている制度です。
全国高等学校就職問題検討会議
現行の高卒採用選考については、「全国高等学校就職問題検討会議」(文部科学省、厚生労働省、全国高等学校校長協会、主要経済団体が参画)において全国統一的なルールが定められ、都道府県ごとの具体の運用の申し合わせを行う慣行となっています。
主要な日程規制
日付 | 内容 |
---|---|
7月1日 | ハローワーク求人受付開始 |
7月10日頃 | 高校へ求人票公開 |
9月5日 | 応募書類受付開始(一人一社制) |
9月16日 | 選考開始 |
出典: 厚生労働省・文部科学省「高卒求人のルール」、リクルートワークス研究所「高校就職・採用に関する法令を整理する」
労働条件の明示義務
企業は求人票において、以下の労働条件を明示する義務があります。
- • 業務内容
- • 契約期間
- • 就業場所
- • 就業時間
- • 休憩時間
- • 休日・休暇
- • 賃金
- • 加入保険
- • 募集者の氏名または名称
6. よくある質問(FAQ)
Q1. 高卒採用と大卒採用、どちらが企業にとって有利ですか?
A. 業務内容や企業規模により異なりますが、JILPT調査によると61.7%の企業が「高卒者で十分こなせる業務がある」と回答しています。採用コストは高卒が20-50万円、大卒が約100万円であり、高卒採用は50-80%のコスト削減効果があります。戦力化期間も高卒が3ヶ月、大卒が1.6年と、高卒の方が1年以上早く戦力化できます。
Q2. 一人一社制はいつまで続きますか?
A. 一人一社制は9月5日から一定期間(都道府県により異なる)実施されます。その後、複数社への応募が可能になる「二次応募」の期間に移行します。具体的な期間は各都道府県の申し合わせによります。
Q3. 高卒採用で内定辞退はありますか?
A. 高卒採用の内定辞退率はほぼ0%です。これは学校推薦制により、進路指導教員が生徒の適性と企業の要件を慎重にマッチングしているためです。一方、大卒採用の内定辞退率は63.7%(マイナビ調査)であり、高卒採用の大きなメリットの一つです。
Q4. 高卒採用はいつから準備を始めればいいですか?
A. 遅くとも4-6月には準備を開始する必要があります。7月1日のハローワーク求人受付開始までに、求人票の作成、高校への情報提供、職場見学の受け入れ準備を完了させておく必要があります。
Q5. 高卒と大卒で能力に差はありますか?
A. JILPT 2005年調査によると、高卒7年目(25歳)と大卒3年目(25歳)の能力比較では、ほぼすべての能力項目で「あまり変わらない」が最多回答でした。定型業務の処理能力では高卒優位(33.6%が高卒優位)、調整能力や思考の柔軟性では大卒優位という結果でした。同年齢で比較すると、能力差は職種や業務内容に依存します。
データ出典
- • 厚生労働省「高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職状況」(令和6年度)
- • 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)「新規学卒採用の現状と将来」(2005年)
- • 文部科学省「高卒求人のルール」
- • リクルートワークス研究所「高校生の就職になにが起こったのか」(2020年)
- • 株式会社ジンジブ「高校新卒採用に関する企業動向調査」(2024年)
- • マイナビ「企業新卒内定状況調査」(2025年卒)
- • HR総研「人材育成・研修調査」