Money & Living
独立した先輩の収入推移 — 1年目・3年目・5年目
「独立した人は、実際にどのくらい稼いでいるのか」。この問いの答えは、本来であれば取材を重ねて、ひとり一人の物語を聞くことから組み立てるべきものなのかもしれません。本記事はそうした取材手続きを経た記事ではありません。代わりに、複数の公的統計が描き出している「平均像」を読み解きます。個人の生々しい話ではなく、母集団の数字としての推移を、1年目・3年目・5年目のフェーズで追っていきます。

1. 独立後の姿を「公的データ」で確認するという方針
最初に方針を明示しておきます。本記事では、
- 仮想の「Aさん 35歳・独立3年目」のようなシナリオは使いません
- 「私は3年前に独立して」という一人称の語りも使いません
- 出典のない「独立した方の声」も引用しません
代わりに、次の調査機関の集計値を使います。
- 日本政策金融公庫(JFC) 総合研究所「新規開業実態調査」「新規開業パネル調査」
- 中小企業庁「中小企業白書」(2024年版・2025年版)
- 内閣府「政策課題分析シリーズ17 日本のフリーランスについて」(2019年7月)
- 厚生労働省・公正取引委員会「フリーランスの業務及び就業環境に関する実態調査」(令和5年度・1,200名)
- 公正取引委員会・厚生労働省「フリーランス取引の状況についての実態調査(法施行前)結果概要」(2024年10月18日)
- 内閣官房ほか「令和4年度フリーランス実態調査結果」
「独立した先輩の収入推移」というタイトルは、個別の物語ではなく、これらの調査が示す「母集団としての平均像」を意味します。個人差は大きく、平均像が誰か一人を正確に描写しているわけではありません。それでも、フェーズごとに何が起きているかという構造は、集計値のなかに見えてきます。
2. 1年目 — 開業の起点
最初のフェーズは、独立を決意して動き出した最初の年です。日本政策金融公庫が2024年11月27日に公表した「2024年度 新規開業実態調査」では、開業者の属性と開業時の状況が集計されています。
- 平均開業年齢: 43.6歳(上昇傾向)
- 平均資金調達額: 1,197万円
- 金融機関等からの借入: 平均780万円(調達額の65.2%)
- 自己資金: 平均293万円(同24.5%)
- 調査対象: 2023年4月〜9月に同公庫国民生活事業が融資した、融資時点で開業後1年以内の企業7,658社(不動産賃貸業を除く)
- 回答企業数: 1,990社(回収率26.0%)
開業時の年齢の平均が43.6歳という数字は、「独立は若い人がするもの」という印象が必ずしも実情と一致しないことを示しています。長期的にも、開業時の平均年齢は緩やかに上昇する傾向にあります。
開業に必要な資金は、平均1,197万円の調達額の3分の2が借入で、3分の1弱が自己資金です。「貯蓄を全部つぎ込んで独立する」というよりも、政策金融機関などからの融資を組み合わせて事業を立ち上げているのが、平均的な姿です。
業種別の傾向は、中小企業庁「中小企業白書」が示しています。開業率の高い業種は「宿泊業・飲食サービス業」「生活関連サービス業・娯楽業」「情報通信業」が上位3つでした(2022年度・非一次産業)。フリーランスや個人事業主に近い業種から、店舗型の事業まで、開業の入り口は多岐にわたります。
出典: 日本政策金融公庫「2024年度 新規開業実態調査」(2024年11月27日)・中小企業庁「2024年版 中小企業白書 第5節」
3. 3年目 — 生存と退出が分岐するフェーズ
開業から2〜3年目になると、立ち上げ時の勢いと現実のキャッシュフローが噛み合うかどうかが、事業の継続を左右する要素になってきます。
中小企業庁「中小企業白書」(2024年版)によれば、2022年度の開業率は3.9%、廃業率は3.3%です。日本では1988年度をピークに開業率が低下傾向にあった後、2000年代を通じて緩やかに上昇しましたが、2018年度に再び低下しました。廃業率も全体としては低下傾向にあります。
「3年目で多くが辞める」というイメージは広く流通していますが、白書の集計値はそれよりもう少し穏やかな姿を映しています。一方で、廃業企業のなかで小規模事業者の割合が、開業企業や存続企業に占める割合よりも高いというデータもあり、規模の小さい事業ほど継続が難しい構造は確かに存在します。
フリーランス特有の継続の難しさには、もうひとつの背景があります。内閣官房ほかが共同実施した「令和4年度フリーランス実態調査」では、フリーランスの約4割が報酬不払い・支払遅延などのトラブルを経験していることが報告されています。取引条件の事前明示が不徹底だったり、契約書面が交わされていなかったりするケースもあり、この環境改善のために2024年11月1日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」が施行されました。3年目は、事業そのものの構造的な耐久力に加えて、取引相手との関係性や金銭的な不確実性が、継続するかどうかの分岐点として現れます。
出典: 中小企業庁「2024年版 中小企業白書 第10表」・中小企業庁ほか「令和4年度フリーランス実態調査結果」・公正取引委員会・厚生労働省「フリーランス取引の状況についての実態調査(法施行前)結果概要」(2024年10月18日)
4. 5年目 — 生存率と平均像
5年というフェーズは、事業の安定化を語るうえでの一つの目安です。中小企業庁「中小企業白書」(2024年版)では、起業後5年の生存率について、国際比較を交えた次のデータが示されています。
- 日本: 起業後5年間の退出率18.3%(= 5年生存率 約81.7%)
- 英国: 退出率57.7%(生存率 約42.3%)
- フランス: 退出率55.5%(生存率 約44.5%)
数字だけを見れば、日本の起業後5年生存率は欧米諸国よりも明らかに高い水準です。ただし、この数字は「日本では起業した人の8割以上が5年残る」という単純な希望のメッセージとして読むべきではありません。同じ白書のなかで、日本は欧米諸国に比べて開業数自体が少ないという指摘もされており、「起業すること自体のハードルが高いため、起業した人は慎重に選ばれている」という側面も含めて理解する必要があります。
5年目時点の独立者の規模感を、別の調査からも確認しておきます。内閣府「政策課題分析シリーズ17 日本のフリーランスについて」(2019年7月)では、副業を含むフリーランスの人数が306〜341万人(2019年時点)と推計されました。厚生労働省と公正取引委員会が共同実施した「フリーランスの業務及び就業環境に関する実態調査」(令和5年度)では、1,200名のフリーランスを対象に労働環境・取引実態が調査されています。
5年目の収入分布の詳細(percentile・業種別・労働時間別)は、これらの調査報告書のPDFに掲載されています。母集団としての平均像はあるものの、その内側の分散は決して小さくはありません。「平均的な独立者」のような単一像で語ることが難しい領域でもあります。
出典: 中小企業庁「2025年版 中小企業白書 第8節」・内閣府「政策課題分析シリーズ17」(2019年7月)・厚生労働省・公正取引委員会「フリーランスの業務及び就業環境に関する実態調査」(令和5年度)
5. 会社員と独立後の集計値比較
独立後の収入推移を会社員のそれと比較するには、両方を同じ「集計値の平均像」として並べる必要があります。
会社員側の数字を、国税庁「民間給与実態統計調査」(令和5年分)で押さえると、
- 1年勤続給与所得者の平均給与: 460万円
- 大卒男性の生涯賃金(退職金除く・JILPT「ユースフル労働統計2024」): 約2.6 億円
- 大卒・退職給付制度併用型の平均退職給付額(厚生労働省「令和3年就労条件総合調査」): 2,261万円
これらは「40年同一企業に勤続したフルタイム正社員」という前提のうえに成り立つ数字です。
一方、独立後の収入は、会社員のような「年齢別の標準カーブ」を平均値ひとつでは描きにくい領域です。業種、専門性、稼働時間、契約相手、地域などによって、同じ「フリーランス3年目」のなかでも収入の分散は会社員以上に大きくなります。各種調査の年収分布(percentile)を見ると、その分散の大きさが浮かび上がってきます。
平均像で会社員と独立後を比べる際に注意したいのは、「平均値の高低」だけで判断しないことです。会社員の460万円や2.6億円という数字は、「正社員として40年勤続したケース」の平均です。独立後の年収分布は、平均値の上下に幅広く分布しており、上位層の数字と下位層の数字の差は会社員より大きく出ます。ここでは、ゆめスタの業務委託パートナーの個別の収入レンジには触れません。代わりに、公的統計が示す全体像を見ることで、自分の持ち時間と専門性をどこに振り分けるかという問いの土台にしていただければと思います。
出典: 国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査結果」・JILPT「ユースフル労働統計2024」・厚生労働省「令和3年就労条件総合調査」
6. 仮想ペルソナでなく、集計値で見ることの意味
「Aさん 35歳・独立3年目で年収●●万円」というシナリオは、読み手の感情を動かしやすい書き方です。けれど、それは書き手が想像で組み立てた一人の姿に過ぎません。実在する独立者の物語を読みたいのなら、ご本人の許諾を得て取材を重ねた記事をお探しいただいたほうが、はるかに信頼できる情報源になります。
本記事が公的統計の集計値だけを使ったのは、二つの理由からです。
ひとつは、シナリオ化された個人像が「平均像」と取り違えられやすいからです。一人の成功譚を聞くと、それが多くの独立者にも当てはまるかのような錯覚が生まれます。集計値は、そうした錯覚を起こさない代わりに、「個人差は大きい」という前提を最初から内蔵しています。
もうひとつは、判断材料として使うときの強度です。「自分が独立したらどうなるか」を考えるとき、ひとりの先輩の話だけを根拠にすると、その先輩の業種・性格・地域・運に左右された判断になりがちです。複数の公的調査が描き出す母集団の像は、そこに自分を重ねるときの足場としては、より広く、より平らです。
「独立した先輩の収入推移」というタイトルは、個別の人物を覗き見るような響きを持ちます。本記事はそれを、フェーズごとに何が起きているかの構造として読み替えました。1年目の起点、3年目の分岐、5年目の安定化と分散 ── そのそれぞれは、誰か一人の物語ではなく、母集団としての推移です。
7. 「先輩の収入推移」を、自分の判断材料にする
ここまでの数字をまとめておきます。
- 1年目: 平均開業年齢43.6歳・平均資金調達額1,197万円(借入780・自己293)
- 3年目: 開業率3.9%・廃業率3.3%(2022年度)・フリーランスの約4割が報酬不払い経験
- 5年目: 起業後5年生存率約81.7%(国際比較で日本が高い水準)・フリーランス推計306〜341万人
これらは平均像であって、誰か一人の人生をそのまま示したものではありません。実際の独立は、業種・専門性・取引先・家族構成・地域など、いくつもの変数に左右されます。
それでも、フェーズごとの構造を集計値で確認しておくことには意味があります。「3年目に廃業が集中する」という印象が、白書の集計値とどう違うのか。「5年生存率が低そう」というイメージが、国際比較でどう位置づくのか。「独立すれば自由」という言葉が、平均値の分散とどう向き合うのか。これらの問いに対する出発点として、公的統計の数字は使えます。
「独立した先輩」の語りは、本記事には登場しません。代わりに、その先輩たちが集計値のなかで描く平均像と、その分散の幅を、ご自身の判断材料に置いていただければと思います。このカテゴリでは、関連する別の角度からも数字を整理しています。会社員として働き続けた場合の生涯収支、お金を「収入」だけでなく5つの軸で捉え直す視点もあわせて読むと、独立後の数字を相対的に位置づけやすくなります。
