
「やりたいこと」が見つからない。
「自分に何が向いているのかわからない」「これまでの経験は本当に役に立つのか」と感じたとき、まず立ち戻るべきなのは自分自身です。
実は、自分を知るための公的な仕組みは、すでに国の制度として整備されています。厚生労働省のジョブ・カード制度、経済産業省の社会人基礎力、そして 50 年以上検証されてきた学術的な価値観・適性の理論。
このページでは、価値観・適性・経験の 3 つの軸で、自分の「持ち札」をいちど言語化していきます。
1. 「やりたいこと」が見えないのは、自分が見えていないから
「やりたいことが見つからない」と感じるとき、原因は意思の弱さでも、探し方が足りないことでもありません。自分自身の解像度が、まだ十分に上がっていないだけかもしれません。
厚生労働省は「自己理解」を、「これまでの経験を振り返り、客観的に自分を見つめなおすこと」と定義しています[3]。同省が運営する「マイジョブ・カード」では、価値観診断・興味診断・スキルチェックの 3 種類の自己診断ツールが公開されており、誰でも利用できます[4]。
経済産業省も、平成 29 年度に「人生 100 年時代の社会人基礎力」として、自己認識と振り返りを組み合わせた「キャリア・オーナーシップ」という考え方を打ち出しています[5]。自分を知るための公的な仕組みは、もうすでに国の制度として用意されています。
このページでは、その公的な仕組みと、50 年以上の学術的検証を経た価値観・適性の理論を組み合わせて、価値観・適性・経験の 3 つの軸で自分を棚卸ししていきます。「やりたいこと」を探す前に、まず自分の「持ち札」を言語化することから始めます。
第 1 の軸:価値観
2. 軸 1:価値観 — 何を大切に生きたいか
価値観は「気分」や「好み」ではありません。米国の社会心理学者が 1992 年に提唱した「人間に共通する 10 の価値観」の理論は、その後 82 ヶ国で検証を経て、文化を超えて共通する 10 の普遍的な価値観として体系化されています[1]。
以下の 10 価値観のうち、自分は何を優先しているのか。一度、上から 3 つ選ぶつもりで眺めてみてください。
| 価値観 | 中心テーマ |
|---|---|
| 権力 | 社会的地位・他者への影響力 |
| 達成 | 能力を発揮し、成果を示すこと |
| 快楽 | 喜び・感覚的な満足 |
| 刺激 | 変化・新しさ・挑戦 |
| 自己決定 | 独立した思考と行動の自由 |
| 普遍主義 | 公正・誰もが等しく扱われること |
| 慈善 | 身近な人々の幸福を支えること |
| 伝統 | 文化や慣習を尊重し、継承すること |
| 同調 | 期待される行動規範に沿うこと |
| 安全 | 安定・安全・秩序の確保 |
この理論で大切なのは、これら 10 の価値観が 円環の構造を持っているという点です。隣どうしの価値観は両立しやすく、円の対極に位置する価値観どうしは葛藤を生みます。
たとえば、「達成」を強く優先する人と、「伝統」も同じくらい大切にしたい人は、しばしば内的な葛藤を抱えます。新しい成果を追い求める動きと、慣習を守る動きが、構造的に逆方向を向いているからです。職場で「なぜか違和感が消えない」と感じるとき、その違和感は、対極にある 2 つの価値観を同時に背負っている状態かもしれません。
自分の価値観の優先順位を、より客観的に見てみたいときは、厚生労働省の「マイジョブ・カード価値観診断」を使うこともできます[4]。質問に答えていくと、仕事や暮らしで自分が大切にしているものが、項目別に整理されて出てきます。
第 2 の軸:適性
3. 軸 2:適性 — どんな仕事の仕方が自分に合うか
適性は「向き不向き」という漠然とした感覚ではありません。米国の心理学者が 1959 年に発表した職業選択の理論は、その後 60 年以上にわたって職業心理学の分野で検証されてきた、最もよく研究されている適性モデルの一つです[2]。
このモデルは、職業興味を 6 つの型に分類して整理します。
| 型 | 中心傾向 |
|---|---|
| 現実型(実務派) | 道具・機械・身体を使う実務 |
| 研究型(思考派) | 分析・観察・概念化 |
| 芸術型(創造派) | 創造・表現・自由な構成 |
| 社会型(援助派) | 教育・援助・対人サポート |
| 企業型(説得派) | 説得・統率・経営判断 |
| 慣習型(整備派) | 数値処理・ルール運用・整備 |
自分はこの 6 型のうち、どれが上位に来るのか。この理論では、人と仕事の型の一致度が、職務満足度や仕事の続けやすさに影響することが示されています。2022 年に発表された 89 件の研究を集計した分析では、型の一致度が 職務満足度に対して相関係数 0.28、職務遂行度に対して 0.15を示すことが報告されています[2]。職業心理学の領域では、最も強い相関の一つです。
数字を聞いて「思ったより小さい」と感じる方もいるかもしれません。けれど、人の働きやすさは多くの要因で決まるなかで、適性の一致だけでこれだけの説明力が安定して観測される、ということでもあります。
適性をもう一段、能力レベルで見るときに使えるのが、経済産業省が平成 18 年に提唱した 「社会人基礎力」です。平成 29 年度には「人生 100 年時代の社会人基礎力」として拡張され、3 つの能力カテゴリと 12 の能力要素で構成されています[5]。
- 前に踏み出す力:主体性/働きかけ力/実行力
- 考え抜く力:課題発見力/計画力/創造力
- チームで働く力:発信力/傾聴力/柔軟性/情況把握力/規律性/ストレスコントロール力
職業興味の 6 型が「どんな仕事に向くか」を示すのに対して、社会人基礎力 12 要素は「どんな能力を持っているか」を示します。2 つは補完関係にあり、組み合わせて使うと、自分の適性をより立体的に把握できます。
第 3 の軸:経験
4. 軸 3:経験 — 自分が積んできたものは何か
経験は「年月の蓄積」ではありません。何年やってきたか、ではなく、その年月のなかで何に夢中になったか・何を大切にしてきたか、が自分の経験の輪郭を決めます。
厚生労働省が制度として整備している ジョブ・カード制度は、経験を「生涯を通じたキャリア・プランニング」と「職業能力証明」の 2 軸で体系化する公式ツールです[3]。求職活動だけでなく、在職中のキャリア棚卸しのためにも使えるよう設計されています。
ジョブ・カードのキャリアプランシートは、経験を以下の 3 段階で整理する構造になっています。
- 過去の経験を振り返る
- 自分への理解を深める
- 言語化する
特に言語化すべき項目として、ジョブ・カードは 「夢中になったこと」「仕事で大切にしてきた考え」「興味のある分野」の 3 つを示しています[3]。「同じ仕事を 5 年やってきた」という事実そのものではなく、「その 5 年のなかで何に夢中になったか」が、次の一歩の手がかりになります。
書き出すときに完璧な文章である必要はありません。箇条書きで、思い出した順に、3 つずつでも書き出してみる。書いてみると、自分でも驚くほど、共通するテーマが浮かび上がってくることがあります。
5. 3 軸を組み合わせて使う — キャリア・オーナーシップ
価値観・適性・経験の 3 軸は、それぞれ単独で使うものではありません。3 つを組み合わせて、自分の現在地と次の一歩を見るための座標として使います。
経済産業省は、平成 29 年度の「人生 100 年時代の社会人基礎力」のなかで、3 軸を組み合わせて使うための公式の概念として 「キャリア・オーナーシップ」を提示しています[5]。
個々人がキャリアオーナーシップにもとづき、自らが持つ・持たざる能力や体験を振り返るため、ライフステージの各段階で意識することが求められる「問い」。
— 経済産業省「人生 100 年時代の社会人基礎力」研究会報告
ここで大切なのは、「自らが持つ・持たざる能力や体験」を「振り返る」、という構造です。価値観(持っている軸)・適性(持っている能力)・経験(積んできたもの)を、人生の段階ごとに意識し直す。これが公式定義の中身です。
言い換えると、3 軸 × 振り返り = 自分の「持ち札」の言語化。これが、業務委託や副業、転職や独立を考え始める前に必要な、最初の自己整理です。「いきなり次を決める」前に、いまの自分の持ち札を一度書き出してみる。それだけでも、選択の輪郭は驚くほど変わります。
6. まとめ — 棚卸しは一回で終わらない
このページは「自分を知れ」と急かす記事ではありません。今日 1 度棚卸しをしたから完了、というものでもありません。経済産業省のキャリア・オーナーシップ公式定義は、「ライフステージの各段階で意識する」ことを前提に組まれています[5]。半年後、1 年後、3 年後に、もう一度同じ 3 軸で棚卸しをしてみる。そのたびに、見えてくる輪郭は違うはずです。
意思決定を急ぐ必要はありません。ただ、業務委託や副業、転職や独立を考え始めるときに、自分の「持ち札」を一度も言語化しないまま動き出すことだけは、3 軸の地図で見るとリスクになりえます。動く前にいちど棚卸しをする。これが、このページが提案したい唯一のことです。
始めるときの取っ掛かりは、ジョブ・カードの 3 項目で十分です。「夢中になったこと」「仕事で大切にしてきた考え」「興味のある分野」を、3 つずつでもいいので書き出してみる[3]。そこから、価値観の輪郭、適性の手応え、次の一歩の方向が、自分のペースで見えてきます。
出典
- Schwartz, S. H. (2012). An Overview of the Schwartz Theory of Basic Values. Online Readings in Psychology and Culture, 2(1).https://scholarworks.gvsu.edu/orpc/vol2/iss1/11/
- Holland, J. L. (1959). A Theory of Vocational Choice. Journal of Counseling Psychology, 6(1), 35-45. および 2022 年に発表された 89 件の研究を集計した分析。https://en.wikipedia.org/wiki/Holland_Codes
- 厚生労働省「ジョブ・カード制度」総合サイトhttps://jobcard.mhlw.go.jp/comprehension.html
- 厚生労働省「マイジョブ・カード 価値観診断」https://www.job-card.mhlw.go.jp/shindan/value
- 経済産業省「社会人基礎力」(平成 18 年提唱・平成 29 年度「人生 100 年時代の社会人基礎力」拡張)https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html
この記事を書いた人
ゆめスタ編集部
ゆめスタエアポートは、業務委託パートナー予備軍の方の、次の一歩を考えるためのメディアです。読者の心と向き合う対話の場として運営しています。


